ホタル11

 

平成2432日(金)
 豊臣秀吉が織田信長の財宝を持っている私に何度も頭を下げて「一度でいいから見せてくれ」と言うが、それを財宝とは思っていない私は一度も開封することなく信長の形見として大切に保管していたので断り続けていた。
 秀吉は欲しくてたまらない様子だが「欲しい」とは言えず「頼むから見せてくれ」と言うので、仕方なく私の妻と秀吉の前で開封すると、緑に輝く翡翠(ひすい)の首飾りだった。
 それを見た途端に秀吉が目の色を変えて「欲しい」と言い出した。どうしてこんな物を欲しがるのかわからないでいたら、妻が「欲しい人にあげなさい」と言うので秀吉に渡すと、秀吉は交換条件として月刊ポリシーがどんな行動をしても何を書いても許す『かぶき御免状』を私にくれた。
 こんな物をもらわなくても秀吉の許しなんてなくても月刊ポリシーには関係ないと思っていたが、後々『かぶき御免状』の威力が物凄いものだと知ることになって「秀吉ってすごい奴なんだ」と豊臣秀吉を尊敬するようになった。というかなりリアルなを見た。

 あわただしい年度末、『かぶき御免状』をもらったものの、納車が1週間ほど遅れるようなので身動きが取れない。その分は特務調査員に動いてもらうしかないのでよろしく頼む。

平成2433日(土)
 メールや封書で多くの情報が来ていることは感謝に絶えない。しかし、情報提供者の中には大きな勘違いをされている人がいるので我々の立場を明確にしておく。

 月刊ポリシーに届いた情報は、匿名者のものであっても真摯に受け止めて、厳重に保管して、その情報が事実か偽りかを水面下で独自調査しながら、改善や是正可能なものは口頭注意で解決される場合も多々ある。
 ただし、その情報を月刊ポリシーの紙面に掲載する場合は、情報源(匿名者の住所氏名)が確認できなければ紙面掲載することはない。
 なぜならば、一見は反社会的糾弾のように見えるスクープ情報であっても、それを我々が報道することで必ず『第三者』が間接的にでも漁夫の利を得る。その第三者が我々が判断する許容範囲でなければ報道することはない。
 
 月刊ポリシーが紙面掲載する場合は常に危険を伴い、その危険を承知で報道する『命がけの戦い』なのだから、情報提供者との信頼関係がなければ紙面掲載することはなく、情報提供者の安全も守ることができない。
 情報はあくまで情報であって、報道依頼ならば礼儀作法をわきまえて欲しい。素性も分からない人にアゴで使われるほど我々は馬鹿ではないので、独りよがりの勘違い情報はご遠慮願いたい。

 月刊ポリシーが紙面にて報道するか否かは、本紙編集局長の倫理観(独断と偏見)で判断をしているので、月刊ポリシーは真実を書くが、決して公正や公平ではなく、平等な新聞でもないことだけはハッキリさせておく。よって嫌いな人から好かれようとも思っていないこともご承知いただきたい。

平成2435日(月)
 相良村長選挙が昨日投開票され、現職の徳田正臣氏が再選された。
 (株)技建日本という悪徳土建屋の丸抱えで立候補した政治犯罪人の矢上雅義は落選したことで、球磨郡の将来にとって最悪の事態は免れた。

 今回の得票を見てみると相良村民もようやく現実に目覚めたようで、矢上雅義は完全に終わったようだ。しかし、今回のように完全敗北という結果でも矢上雅義という奴はコソコソと汚い工作を続けるシナ人か朝鮮人のようなところがあるし、議会は低脳で幼稚な反主流派が占めているので徳田正臣村長も大変だろうが、次回の村議選でも村民の良識によって違う結果がもたらされるであろうことを期待したい。

 矢上雅義陣営の選挙違反も今後暴いていきたいが、我々のところに選挙違反情報が寄せられるくらいだから県警と人吉署も当然把握しているだろう。警察の皆さん頑張ってくださいね。

平成2436日(火)
 水俣病の溝口訴訟で高裁判決が言い渡された日(227日)に、蒲島郁夫知事が自身の政治資金集めのパーティーに出席していたことを知っていながら、故意にその時間帯に遺族(溝口秋生氏)が嫌がらせのように知事に面会を求めたが、蒲島知事がパーティーを優先して面会してくれなかったことを批判的に熊日新聞が書いている。

 どうして三審制の途中経過である高裁判決後に遺族(一民事裁判の原告)の面会を熊本県知事が優先しなければならないのか?意味が分からない。まるで熊日新聞は高裁判決が「確定判決」であるかのように誘導した偏向報道を行い、科学的根拠と医学的根拠を報道することもなく、巷にあふれるニセ水俣病患者のことも一切報道しない。真実を隠して偽善に満ちた世論誘導する熊日新聞の報道姿勢には嫌気がさす。

 ただ、蒲島知事が「私にとってはどの政党にも(資金を)頼らず知事選に出るための4年に一回の会合」と言っていることに憤慨している支持者は多いはずだ。蒲島知事よ、きれいごとを言うな!あんたは自民党に頼っているんだよ。自民党支持者がどれだけ金を集めて一生懸命に動いているか知らないのか!バカタレが!!

平成2437日(水)
 野田首相と谷垣総裁が極秘会談をした?ことがすべてのマスコミで批判的に報道されているが、その極秘会談とやらの結果、党首討論『内容』が国民にとって本当に悪いことだろうか?
 私が考えるに極秘会談大いに結構だ。国会内でお互いの立場をパフオーマンスするだけで無駄にかみ合わない議論をすることは時間と経費の無駄であり、極秘会談などでの基本合意を国会の場で確認する作業が本来の国会であると思う。
 極秘会談と言えば歪(いびつ)な感じがするが、堂々と『政策協議』として非公式(極秘)でもかまわないから議論を交わして自分の主張との妥協点を模索することが政党や議員の本質であり、それができない議員は『無能』と考える。

 現在各市町村議会で一般質問が行われているのを聞いていても「そんなことをいちいち本会議で質問しなくても担当部所と事前調整すればいいだろうが!」というようなことが多々あり、無能な議員ほど無駄な議論ばかりしている。前向きな議論のためには極秘会談大いに結構。
 皆さん、マスコミに洗脳されていませんか?本音で賢くなりましょう。

平成2439日(金)
 八百屋の「屋」を付けることが差別用語だって?それを50歳代?の息子から言われて議論の結果ケンカ別れしている話が連続して熊日新聞に載っていた。
 熊日新聞が共同通信社の『記者ハンドブック』で調べたところ「○○屋」の形で職業・肩書きを示すのは避けると書いてある…なんて付帯記事を載せているが、共同通信社とは極左組織の営利団体で、他社の『記者ハンドブック』を参考にしてコメントを出す熊日新聞の主体性の無さにも呆れ果てる。そもそも誰が言い出したかも定かではない。

 それじゃ、新聞屋・金物屋・布団屋・寿司屋・飲み屋・燃料屋などなど、これらも差別ってか?暇人の会話はナンセンス極まりない。
 そういえば、国の役人をしていた若かりし頃、「『部落』という言葉は部落差別用語になるから使用してはならない」と上司から指導があったが、私は「『部落』という言葉は日本文化です。実家の部落では昔から使っています。うちの部落では差別意識なんてありません。同和問題にリンクするほうが間違っています」として上司に従わなかった経験がある。

 言葉や文字は日本国の文化である。差別意識も文化である。その時代時代の時代背景を無視した言葉狩りに屈するほうが差別ではなかろうか。私には孤高の日本文化を認めたくない第三国人が日本人に成りすまして差別を煽っているように思える。

 熊日新聞に電話情報を寄せた80歳代の老人も、自分の子供をそんなふうにしか育てられなかったことを恥じるべきだと思う。

平成24311日(日)
 昨日、広島から友人が90歳の母親と一緒に遊びに来た。遠路はるばる、高齢の母親の体調が心配だったが、約5時間自動車の旅で山鹿に到着して、早速ホテルで缶ビールを一口飲みながら「あ〜、おいしい」には驚いた。激動の大正と昭和を生き抜いた人は違う。

 ところで、テレビでは朝から震災番組ばかり…いい加減にうんざりだ。
 こんな正直な感想を言えば、偽善者どもから「薄情者」と非難されそうだが、テレビ局は一周年に哀悼の意を示してと言っていても、震災番組が一番金が掛からないだけのことである。そして全社が被災者の同情を煽るような同じ番組構成…報道ではなくワイドショーレベルで知恵の欠片もない。

 芸能人が瓦礫処理を手伝っている姿をテレビ放映するのは単なるヤラセか高額なギャラをもらっているからだ。ギャラ無しなら売名行為で、本当にボランティアなら人知れず黙って行う。
 テレビ局は震災を『自分たちの飯の種』にしているとしか私には見えない。報道する暇があったら瓦礫の一つぐらいかたずけろ。瓦礫を一つかたずけたからといって大げさに報道する必要もない。
 
 マスコミは東京電力や九州電力などからの広告費を返還して『真実』を報道しなければならない。安全神話なんてものを作ったのは広告費の奴隷と化したマスコミである。

平成24313日(火)
 放射能が残存する瓦礫処理については47都道府県で少しずつ分担して受け入れ、それによって福島県から放射能を分散して浄化させることが国民の復興支援だ」と我々は主張してきた。
 『国難』とは痛みを分かち合うものではないだろうか。それが『絆』というものである。義捐金という金を出すことで自己満足して「自分が負担するのは嫌だ」というのは偽善者である。

 偽善者は「少しでも福島県の放射能が自分のところに来ることは許さない」というが、福島原発の放射能汚染よりもはるかに大規模で深刻なのが『中国からの黄砂汚染』である。
 このことに対してマスコミは一切触れないが、日本国民の癌発症最大原因が黄砂汚染であり、水俣病の原因である水銀汚染も黄砂の影響が大きく、最近異常に増えた花粉症だって黄砂が原因である。
 劣悪な黄砂汚染に比べれば微々たる瓦礫受け入れに反対する連中は偽善者である。そんな偽善者は中国に対して文句一つ言わない。

 日本列島は昔から、中国や朝鮮半島を津波や台風から守ってあげているのに、奴らは感謝もしないで、日本は理不尽な黄沙被害まで受けているのだから、中国政府から毎年3兆円ほどの『スーパー堤防代金』を請求して復興資金に充てるべきだ。
 中国による恐るべき黄砂被害を問題提起予定だが、真実を知れば驚愕の事実が次々に…。

<<追加ニュース>>
 先ほど、pm622分に『イケダヒデオ』と名乗る人物から電話あった。
 池田秀男といえば平小城地区に住んでいる元県議で、議員期間中何も仕事をしないでゴルフばっかり行っていたから当然のごとく2期目は落選した池田秀男くらいしか知らないので、
 「いや〜、お久しぶりです」と返事をしたら「なんがお久しぶりか!お前は県議選のときに俺に何をしたか分かっているのか!」と言うので「お前は俺にケンカ売ってんのか?」と聞くと「おお、そうだ」と言った。売られたケンカは買ってあげよう。

 だが、いきなり一方的な電話では意味が分からないから「文句があるなら、いつでも事務所に来い」と言ったら、池田秀男?はくだらない話を延々として「今からすぐ行くから待ってろ!」と威勢よく言うので、私はスケジュールを変更して待っている。ところが1時間半以上を経過した今現在も現れない。もう待ちくたびれた。ケンカを売るなら最後まで責任を持てよ。

 池田秀男?の言っていることがあまりにも支離滅裂だから「お前は酒を飲んでいるのか?」と聞くと「私は酒はやめましたぁ〜」と言う。本当に酒も飲まずに言っているのなら冗談ではすまない。本当に酒を飲んでいないのなら覚せい剤を使用してラリッているとしか考えられない。

 この時の「情けない会話」は記録しているので後日公表するかもしれないが、5年以上前のこと、そのときは私が話を聞きに行っても無視していながら、今頃になって唐突かつ支離滅裂だから意味が分からん。
 電話番号(08027167309も表記して「イケダヒデオ」と自ら名乗ったものの、本人確認はしていないが、覚せい剤を使用しているのなら、そんなことは今すぐやめたほうがいいと忠告しておく。

平成24314日(水)
 昨日、「イケダヒデオ」を深夜まで待っていたが結局来なかった。アゴタンばかりで、いったい何だったんだろう?「ポリシーに文句を言ってやった」と自慢でもしたかったのだろうか?でも、彼には自慢する友人もいないだろうに…。

 さて、山鹿市の中学生は学校教育の成果もあって、知らない人にでもあいさつをする。
 突然声をかけられてびっくりすることもあるが、私は反射的に「おはよう。頑張ってね」と答える。こんなおじさんにでも気安く声をかけられると嬉しくなる。
 しかし、中学生が年配者にあいさつをしても、年配者が無視しているのを見かけたことが何度かある。すると中学生はさびしそうに通り過ぎている。中学生はこんな大人をどう思っているのだろうか?それでも、その中学生は次の老人に「こんにちは」とあいさつしている。偉いなぁ〜。

平成24315日(木)
 現在、山鹿市における早急の課題は大きく『2点』に絞られる。このことについて、山鹿市議会議員(全員)に対して質問状形式のアンケートを来週送付するので、議員各位には真摯な回答を期待する。

 ただし、高野誠二議員は本件に係わる戦犯的犯人なので無視して今後の糾弾対象とする。職権を乱用した不正融資や議員歳費を借金返済に充てるような者は山鹿市には必要ない。

<<そ〜れから>>
 阿蘇市議会一般質問が始まったので、ちょっと見学してきた。
 合併後に『市』へ格上げされて7年間、市長は県下でも飛びぬけた手腕を発揮しているのに、議員は相も変わらずくだらない一般質問ばかり。成長しないなぁ〜。

 オウム真理教の丁稚として働いて村民に多大な被害を与えた旧波野村選出議員である『市原新』の一般質問は笑った。
 彼は「阿蘇広域行政組合、未来館誘致に伴う地元協力事業」について質問したが、自分がその当事者でありながら、まるで他人事のように質問した。呆れてものが言えないバカ議員だ。
 続いて「波野診療所の診療体制」「阿蘇市防火体制」についても質問したが、これも無意味でくだらない。私は記者席から「ぬしゃ、そんくらいも知らんとか!だけん、ぬしはなんばしたつか!」と野次を飛ばしそうになった。

 極めつけは「幼稚園児を対象とした幼年消防隊を作って欲しい」「火災を未然に防ぐために行政としてどう取り組んでいるのか」とバカ丸出しの質問をした。

 ならば私が答えてあげよう。
 「消防隊らしきものは小中高レベルでは全国どこの市町村でも取り組んでいて、当然阿蘇市でも行われているよ。でも幼稚園児には分からんじゃろが。親がしつければいいことだ」「火災を未然に防ぐための行政の取り組みって?これまでだって十分取り組んでいる。十分すぎるほど注意喚起を促していても火災が起こったら自己責任である。個々人の庭先で朝から晩まで行政が監視しろとでもいうのか?何もかも行政に頼るんじゃない」
 分かったかい、自分では何もしないバカ議員の市原新よ。バカがいくら着飾ってもバカに変わりはないってことよ。 

平成24316日(金)
 玉名市の34歳アルバイト男性が「希望する仕事内容と賃金条件の会社が見つからない。県などが自然や歴史を生かした経済観光を目指しても遠い話に感じる。県内で安定した雇用環境を確保して欲しい」と甘えた話を熊日新聞に寄せていた。

 仕事内容と賃金条件が自分の希望と一致している人なんて珍しいが、仕事をしようとすれば必ず需要はある。彼が仕事を選べるほど優秀ならば会社のほうから頭を下げて雇用するだろう。会社とは慈善事業ではないので能力のない人間を雇う必要はない。私が経営者なら雇用不安を社会や行政の責任にするような奴は絶対雇わない。
 自分の無能は棚に上げて社会の責任にする34歳の子供よ、まずは、自分の能力を高めて自己研鑽することが先ではないか。

平成24317日(土)
 議会傍聴は我々新聞記者からすれば貴重な『取材』である。質問内容を即座に理解して重要なところをメモしながら、質問者や行政側の表情まで注意深く観察する。それを事務所に戻ってから文章にまとめる。記事になるならないにかかわらず…それが新聞記者の仕事である。

 阿蘇市議会を傍聴すると、朝日新聞と熊日新聞が記者席にいた。ところが彼らは二人ともテープレコーダーを持参して録音している。横着にも議長許可も得ていない。新聞記者の特権?いやいや横着なだけである。
 私が落胆したのは、新聞記者が議会にテープレコーダーを持ち込むようになったらお終いで、記事に記者の感性が無くなってしまうことだ。それは即ち『記者の能力は必要ない』ことになる。
 許し難いのは朝日新聞の記者で自分の子供らしき者を記者席に座らせて遊んでいる。その子供があまりにもうるさいので途中から退席させたが、この感覚(精神異常)が理解できない。こんな奴らが新聞記者を名乗ることも我々は許せない。

 山鹿市議会では私が知る限りの熊日記者は録音はしていない。そんなことをしたら月刊ポリシーに何と書かれるかを彼らは知っているからだ。
 新聞記者は偉くもなんともない。新聞記者に特権なんてない。新聞記者に必要なのは『足と頭脳』である。議会にテープレコーダーを持ってくるような奴に新聞記者の資格はない。阿蘇市議会の議長さんもしっかりしてくれよ。

平成24319日(月)
 民主党の『小沢一郎事件』について、巷では「無罪」論がにぎやかだ。
 ここで皆さんに考えてもらいたいのが「無罪」と「無実」は違うということ。

 全世界の法治国家では、不完全な法律の範囲で法律の網の目をくぐって「無罪」ということが多々ある。それは世間知らずの裁判所による『前例判決』というセレモニーで決定するわけだが、その判決が「真実」であることは限らない。

 例えば、免田事件…再審無罪となったが、筆者は今でも事実は違っていると考えている。阿蘇市の河崎利徳事件…和解となったが完全な犯罪者である。本堂一太郎の恐喝事件…絶対に恐喝なんて行っていないが有罪となった。その他にも、毎日山のように起こっている暴力事件や詐欺事件でも被害者が被害届けを出さなければ「無罪」である。

 日本人は東京裁判の呪縛にとらわれて「真実」から目を背けてきた。皆さんには裁判所が絶対正義ではなく「無罪」と「無実」は違うということを知ってほしい。
 そういう観点から、小沢一郎は卑怯者である。と我々は考える。

平成24320日(火)春分の日(祭日)
 春分の日を祝日と考えている人が多いが、正確には『祭日』である。
 お彼岸とは日本独特の仏教行事で、彼岸は極楽浄土の意味であり、昼と夜の長さが同じ(実際は違う)のとき、太陽が真西に沈むため、彼岸(極楽浄土)に逝ってしまった祖先を供養するという意味がある。
 このとき宮中では「春季皇霊祭」といって先祖を祭る行事とされ、この日に皇室や神社では祖先の霊を迎えて稲穂の稔りと豊作を祈る祭典を行うからだ。ちなみに、収穫を祝う祭りが勤労感謝の日「新嘗祭」である。神道と仏教が混在するという寛容な日本人ならではの慣わしともいえる。

 春分の日は321『頃』とされ、今年は318日が「彼岸の入り」、325日が「彼岸の明け」となり、春分の日を中日にして7日間を『春の彼岸』という。(『秋の彼岸』は秋分の日)

 どうして『頃』なのか?これは国立天文台が天文計算式で求めて閣議決定される。現行(2030年まで)では閏年とその翌年が320日で、その他の年は321日となる。ただし、将来的には天文学的観測で変更される場合もあるとされている。
 何か複雑だけど、これも伝統ある日本文化です。家族に教えてあげると尊敬されるかも?今日という意味を知ったうえで家族と墓参りに行ってはいかがかな。私は一足早く墓参りに行き、今日は神棚に榊花を奉げました。

平成24322日(木)
 熊本市の梶原ふみ子(主婦50歳)なる者が「以前から政治家の教育への介入が気になっています。大阪は貧困問題が深刻で学力低下もそれに起因していると聞きます。子供たちに一番近い現場の教師をないがしろにして、自分の机上論だけで自信満々に語る橋下市長に違和感を感じます」(本紙抜粋)と熊日新聞に寄稿している。

 本紙が反論する。
 これまで政治家が教育に介入しなかったから、共産党が学校教員を組織化して日教組を作り、学校現場を親も知らない左翼の治外法権にしてしまい、職員会議で校長などの管理職をつるし上げを行い、職員間でもいじめを行ってきた結果が現在の学校現場である。
 大阪に限らず貧困問題は学力低下の『一因』ではあるが『起因』しているわけではない。大阪は特に左翼教員が多くて、自分たちの教え方が悪いから学力低下していることを行政や社会の責任に転嫁しているだけだ。
 子供たちに一番近い現場の教師をないがしろにしてって?自分勝手な現場の教師にまかせっきりだったからこの低堕落。政治家が介入しなければ学校現場は『日教組の天国』である。
 橋下市長のような政治家が介入して、本気で左翼組合と戦って、適正な学校現場にしてこなかったから、国歌も歌えない子供を育ててきたんじゃないか。

 国旗国歌は公立学校では強制されるべきである。それが嫌な教員は退職してミッションスクールの教員にでもなって賛美歌を歌えばいい。親や生徒側が嫌というなら私立学校に行けばよい。
 日本には思想信条と職業選択の自由と選択肢も山ほどあるのだから、左翼教員の退職は誰も止めない。むしろ国民として歓迎すべきことである。

平成24323日(金)
 大切な友人が亡くなって通夜に行ってきた。あまりの急死に悲しむ間もなく呆然と立ちすくみ、遺影の笑顔にただ涙が止まらない。
 お互いの立場を理解して、お互いの夢を語り合い、二人三脚で走ってきたというのに、今はご冥福を祈るしかできない自分の非力に腹立たしくなる。どうして『良い人』のほうが早死にするのだろう。君の死を無駄にしないように君との約束は果たしていくから安心してくれ。合掌。

 さて、今日は山鹿市議会議員さん全員にアンケートを送付した。現在の山鹿市における課題を単刀直入に質問しているので真摯な回答を望むが、回答できる議員が何人いるか楽しみだ。
 市役所も議員も市民も我々も、問題意識は共有しているのに、議員が誰一人として本質改善(本音)の議会質問をしないことに業を煮やしてアンケート調査に至ったわけだが、我々の問題提起に対して「ハッ」と気付いてくれる議員が一人くらいはいて欲しいものだ。

 アンケートの回答有無は各議員の自由だが、なんら回答なき議員は、現状の『悪』と結託した同類項だとみなすので心されたし。

平成24324日(土)
 『AIJ投資顧問』問題で誤った洗脳報道が続いている。
 加入者(出資者)が被害者であることに変わりはないが、その被害は完全な自己責任であるのに、熊日新聞でも「国の支援なしでは、つぶれる会社が出てきて、年金倒産が連鎖的に起こる」と偽善報道している。

 確かに連鎖倒産は起こるだろう。でも、どうして国が支援しなければならないのか?意味が分からない。
 事業主負担部分の年金積み立て金の『運用』といっても、基本的には職員賃金の一部を『流用』しているのである。
 もっと簡単に言うなら、職員から給与天引きした預貯金で事業主(社長)が株式投資して金儲けをしようとしたら失敗してすっからかんになってしまったことと同じである。
 それに対して国が支援する必要はまったくない。AIJに限らないが、投資が成功したら会社だけが丸儲けで職員に還元することはないのに、失敗したら国が支援が必要なんて、こんな虫のよい話が通るわけがないじゃないか!!と私は熊日新聞報道に怒っている。

 そもそも『運用』という言葉を使えば適正運営のように思われがちだが、我々に言わせれば単なる『マネーゲーム』である。それも、身内(職員)の金を身内にリスクも説明しないで、赤の他人であるAIJに丸投げして使ったマネーゲームの敗北者はどんどん倒産するべきだと考える。

平成24326日(月) 
 何の争点もなく、投票率も過去最低で、無駄に8億円も使った熊本県知事選挙が終わった。
 共産党の県委員長が「無所属」で出馬するのだから詐欺のような選挙であったが、現職の実績を評価できるわけでもなく、将来に期待も持てない。熊本県の人材不足は深刻だ。結果は最初から分かっていたのに税金の8億円をドブに捨てた責任は誰にあるのだろう。喜んだのは選挙の広告収入が増えた熊日新聞だけか。

 こんな屁のような話題の最中にも中国共産党による日本侵略が着々と進行している。領有権と天然資源の略奪・日本国土の強奪・水資源の搾取・国際的言論弾圧などなど。
 日本マスコミの収入源である企業広告(スポンサー)の株式を大企業や銀行を含めて中国政府が買い漁っているからテレビや新聞でも中国批判できない始末。スポンサー利権から脱却できないマスコミは宗教新聞と同じで報道人の資格はない。
 
 戦後、元老の井上馨は財閥との癒着を批判されても日本財閥の保護をしたのは、アメリカ企業から日本経済を牛耳られることを断固阻止するためだった。現在、中国共産党から「日本の国土と経済を死守する」そんな気概のある政治家はいないのか。

平成24328日(水) 
 土地改良区の着服や横領事件が後を絶たない。土地改良区は事案によって大きな利権が絡みつつ莫大な補助金が転がり込んでくるのに個人通帳のような感覚で入出金が可能なシステムが問題で、田舎に行けば行くほどトップに右へ習いで監査機能を理解していない悪癖からくるのだと思う。

 土地改良区理事長は一般的に市町村長の『充て職』となっているが実質的業務は少数事務員でこなしている。入出金にしても一担当者が単独で預金通帳を長期間握っている場合が多いものの、理事長権限は絶大である。
 そこで、相良村の土地改良区利権は県内屈指と言っても過言ではない。相良村でも村長の充て職として土地改良区理事長職があったのだが、刑事犯罪人の『矢上雅義』は未だに理事長を辞していない。

 矢上雅義が性懲りもなく村長選挙に出馬(2回落選)しても土地改良区の理事長にしがみついているのは、不正な資金の流れを隠蔽するためではないか?もしかしたら横領しているかもしれないと我々は思っている。
 相良村の皆さん、適正な外部監査が必要なのではないですか。

平成24329日(木)
 317日に本ブログで阿蘇市議会の様子を掲載した。内容は「許しがたいのは朝日新聞の記者で自分の子供らしき者を記者席に座らせて遊んでいる…(後段略)」について、
 昨日、読売新聞阿蘇通信部(田川憲一氏)から「昨日、貴紙のブログを拝見しました。阿蘇市議会の報道席に子供を連れて行ったのは『朝日新聞』ではなく、私です。思慮の足りない行為で、当日議会におられた方々にご迷惑をかけ反省しています。ただ、『朝日』ではなく、私ですので訂正をお願いします」との手紙を頂いた。

 氏は直接月刊ポリシーの事務所に来られたようだが、あいにく昨日は事務所を留守にしていたので手紙と留守電が入れてあった。
 潔く自分の非を認めて、他人の誤りを指摘する勇気ある田川憲一氏に敬意を表して、本ブログ記載内容が誤りであったことを我々も素直に認め、田川憲一氏のご指摘どおり「朝日新聞ではなく読売新聞の記者だった」ことを、ここに訂正します。

平成20330日(金)
 偽善者の慈恵病院による『赤ちゃんポスト』について、我々月刊ポリシーでは当初から「キリスト教の人身売買施設だ」「やむを得ず子供を育てられない理由があれば、親類縁者と相談するなり、何度断られても自分で頭を下げて一時期お願いするべきで、匿名なんてもってのほかだ」と厳しく批判してきた。

 偽善に偽善を重ねた慈恵病院と幸山熊本市長によって、遊ぶために子供を捨てる奴らまで出てきて「簡単に子供を捨てる」ことに罪悪感を持たない傾向を増進させて次々に問題が発覚している。
 慈恵病院の蓮田太二理事長と田尻由貴子看護部長による『偽善イデオロギー』には、奴らの顔を見ているだけで吐き気を催すほど嫌気がさすが、そんなに奴らが善人なら、預けられた子供は自分たちが責任を持って成人まで育てればいいのに、キリスト教精神?に則って、子供が欲しい人に『譲る』という非人道的な人身売買をしていることに怒りを覚える。

 確かに子供は親を選べないが、親が子供を選ぶこともあってはならないのではないか。「甘えるな!」出生による不幸も幸福も他人が左右するべきではないと我々は考える。


平成2441日(日)
 先日友人から一冊の本が送られてきた。
 「アメリカの鏡・日本」(角川書店)。原文筆者のヘレン・ミアーズ氏のことは聞き及んでいたものの、正式な日本語訳本を読むのは初めてだったので感銘を受けながら読んでいる。ぜひ皆さんにも勧めたい本だ。

 戦前戦後の世界情勢と日本の立場を的確に観察しているアメリカ人もいた。当然そんな日本人もいた。しかし、戦後はアメリカに都合の悪い『真実』が書かれた書物はすべてGHQから「焚書指定」されて、アメリカで出版されたこの本でさえも世間から抹殺されたので、日本人はもとより連合国側の国民さえも知ることが出来なかった。
 そんな偏った情報しかない中で、日本ではGHQに媚を売って名声をあげるために「日本悪を前提とした歴史学者とマスコミ」が次々誕生して、嘘も百篇言えば真実となるようなことばかりしてきたのだから、戦後70年を経ても東京裁判の自虐史観から抜け出しきれない。そんな嘘八百の歴史を子供たちに教えてきたのが学校教員(公務員の「日教組」)である。

 友人はこの本を読んで「目から鱗(うろこ)が落ちた気がする」と言っていた。しかし、この本に書かれていることは「周知の史実(当たり前のこと)」なのだ。
 社会的にも博識ある友人でさえはじめて知った…それほど日本人は洗脳されていたと思うと恐ろしい。ぜひとも一読されて「あの戦争」の真実を知ってもらいたい。

 

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